茨城県の西端に位置し、利根川や江戸川の豊かな水に育まれた五霞町。国道4号や圏央道が通る交通の要衝でもあるこの地に、東日本主力のマヨネーズ生産拠点「キユーピー五霞工場」は位置しています。私たちにとってあまりにも身近なマヨネーズ。しかし、その1本が食卓に届く背景には、驚くべき歴史と最先端のテクノロジー、そして作り手の情熱が隠されていました。
今回は、同社のご厚意で、約50人の見学者とともにその秘密を探る90分間の旅に参加させていただきました。
徹底した衛生管理と、心を躍らせる巨大な展示物
午後1時過ぎ、工場へと到着しました。入り口では警備員さんが丁寧な物腰で駐車場の場所と集合場所を案内してくれます。工場の第一印象は「清潔感」。その印象をさらに強くしたのが、見学開始前の「エアシャワー体験」です。
工場内へ入る際、前後左右から激しい風が吹き付ける小部屋を通ります。約10秒間、まるで台風のような風に包まれ、衣服についた微細なほこりを徹底的に除去するのです。食品の安全を守るという企業の強い意志を、肌で感じる瞬間でした。
無事に「除塵」を終え、見学者用ロビーへ。そこはまさに「キユーピーの博物館」です。まず目に入るのが、高さ5メートルの巨大なキューピーハーフのパッケージ。かつてテレビCMの撮影で実際に使用されたものだそうで、その存在感は圧倒的です。

見学ロビー入口にある高さ5メートルの巨大なキユーピーハーフのパッケージ。巨大です!
ロビーの壁面には、世界各地で販売されているキユーピー製品が並びます。アメリカ、タイ、インドネシア、ベトナム、中国……。興味深いのは、その国々の食文化に合わせて中身が進化していることです。例えば中国では、フルーツサラダを食べる習慣があるため、それに合わせた「甘いマヨネーズ」が製造されているそうです。タイではトリュフ味、東南アジアではスパイシーなチリ味など、世界中を旅しているような気分になれる展示です。

世界各地で販売されているキユーピーの製品
さらに、干支をモチーフにした衣装をまとったキユーピー人形のコレクションも見逃せません。熟練の技を感じさせる細かな衣装の数々に、見学者からは「可愛い!」という感嘆の声が上がっていました。
「マヨルーム」で紐解く、マヨネーズ誕生の壮大な物語
午後1時半、見学はいよいよ本番を迎えます。案内されたのは、柔らかい雰囲気が漂う「マヨルーム」の中は、約50名の参加者で席が埋まっていました。
まずは動画による解説からスタート。案内役は、アニメーションで元気に動き回るキユーピーちゃんです。ここで語られたマヨネーズの起源は、まるで歴史ロマンのようでした。
18世紀半ば、当時イギリス領だったスペインのメノルカ島をフランス軍が訪れました。その指揮官だったリシュリュー公爵が、島の港町「マオン」の料理店で出会ったのが、肉に添えられた不思議なソース。その味に感動した公爵がパリへ持ち帰り「マオンのソース(マオンネーズ)」として紹介したのが、世界中に広まるきっかけとなったという説が紹介されました。
日本で販売が開始されたのは1925(大正14)年のこと。キユーピーの創始者、中島董一郎が、「日本人の体格向上に貢献したい」という栄養面への高い志を抱き、販売を開始しました。五霞工場が操業を始めたのは1972(昭和47)年。水が豊富で、かつ原料となる卵の産地である茨城県内という立地が決め手だったそうです。現在約250人勤務する工場では、1日にマヨネーズ20万本、キユーピーハーフ16万本などを製造する、文字通り同社の「東日本の製造拠点」となっています。
こだわり抜いた「専用酢」と、酸素との戦い
いよいよ製造ラインの見学へと向かいます。その道中、窓の外に「キユーピー醸造」と書かれた赤い文字の建物が見えました。案内役の方によると、ここが美味しさの根幹を担う重要な場所なのだそうです。
実は、マヨネーズの味を左右する「お酢」には並々ならぬこだわりがあります。一般的に日本では米酢が普及していますが、実はマヨネーズ作りには合わないのだとか。そこでキユーピーは1962(昭和37)年から、グループ会社のキユーピー醸造で、マヨネーズに最も合う「専用のお酢」を製造しています。リンゴやモルトなどを原料にしたこの専用酢こそが、あの風味を生み出す魔法の調味料なのです。
見学通路から見下ろす充填ラインは、ほぼ完全に自動化されています。ここで注目すべきは、マヨネーズの天敵である「酸素」を防ぐための高度な技術です。容器は単なるポリエチレン容器ではなく、酸素を通しにくい材質を挟み込んだ多層構造。さらに、キャップを付ける直前に容器内に窒素を注入することで、酸化によるマヨネーズの風味の劣化を防いでいます。

容器の解説展示
この技術の集大成ともいえるのが、五霞工場のみで生産されている「50グラム容器」です。この小さなボトルは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)から「宇宙日本食」として認証されました。若田光一飛行士や野口聡一飛行士も宇宙へ持参したという逸話には、誇らしさを感じずにはいられません。無重力空間でフタが飛ばないよう面ファスナー(マジックテープ)を装着するなど、宇宙仕様ならではの工夫も施されています。
工場内には数人しか姿が見えず、静かな力強さに満ちていました。しかし、この後に続くドレッシングの工程や、卵を巡る壮大な資源循環の物語には、さらなる驚きが待っていたのです。
