1936年に和歌山県で生まれ、大阪府堺市で育った巨匠、さいとう・たかを先生(本名:齊藤 隆夫)。2021年9月に84歳で逝去された後も、ご本人の遺志により分業制で連載が継続されている「ゴルゴ13」や「鬼平犯科帳」など、数々の名作を世に送り出してきました。その全キャリアを総括する「さいとう・たかを 原画展」が、茨城県筑西市の「しもだて美術館」で2026年4月25日(土)から6月28日(日)まで開催されています。
本展は500点以上の原画と、書籍などの資料約350点を合わせ、約900点にのぼります。全国でも初めて開かれる圧倒的な規模の展覧会です。
今回は、開催に先立って行われた内覧会で、本展の監修を務めたフリー編集者の今秀生さんと、さいとう・プロダクションでチーフマネージャーを務める古賀憲さんに、一足早く会場をご案内いただきました。お二人の言葉から、展覧会の見どころや、知られざる制作の裏側に迫ります。

作品を前に解説するフリー編集者の今秀生さん(筑西市丙のしもだて美術館)
■生前には叶わなかった展覧会、ついに実現
本展の監修を務める今さんは、2020年5月に発行されたムック本「完全保存版 劇画家生活65周年記念 さいとう・たかを 劇画大解剖」の編集・執筆を手掛けました。その際、実際にさいとう先生へのインタビューも行っています。
その本の出来栄えを先生が大変喜んだことから、今さんが「なぜ展覧会をやらないんですか?」と尋ねたところ、先生も「特に理由はないけれど、やりたいですよ」と意欲的だったそうです。「じゃあ、やりましょうか」という話になったものの、その後先生が体調を崩され、生前に展覧会が実現することはありませんでした。しかし、その思いが、今回の史上初となる大展覧会へと繋がったといいます。
■ポスターのイラストは詳細不明!?
今回の展覧会に向けて、今さんはさいとう・プロダクションの倉庫に入り、山のようにある原稿を整理し、展示品を発掘しました。「単行本化の際に使われなかったカラーイラストなどが、当時の原稿袋にそのまま入っていました。雑誌掲載時にしか見られなかった貴重カラー原画なども数多く展示しています」と今さんは語ります。
実は、本展のポスターに使用されている「ゴルゴ13」のイラスト(下の画像)も、山のような原稿の中から出てきたもの。「何のために描かれたイラストなのか、詳細が分からない」というから驚きです。

「ゴルゴ13」 ©さいとう・たかを/さいとう・プロダクション
こうしたエピソードからも分かる通り、さいとう先生の仕事量は常軌を逸していました。多い時は、スタッフ約15名(3班体制)で、月に約600ページもの原稿を描き上げていたといいます。
さらに特筆すべきは、現在に至るまで「完全アナログ」で制作しているという点です。スクリーントーンやカケアミ(斜線)などが、印刷では表現しきれないほどの緻密さで描き込みまれた原画は、すさまじい迫力でした。

ずらりと並んだ、迫力の原画(筑西市丙のしもだて美術館)
■手塚治虫に受けた衝撃と「劇画」の誕生
さいとう先生はもともと、挿絵画家を目指していました。しかし、手塚治虫の漫画「新寶島」を読んで「紙で映画が作れる!」と衝撃を受け、ストーリー漫画を志すように。そして1955年、「空気男爵」で貸本漫画家としてデビューを果たします。
「劇画」という言葉は、1950年代後半にさいとう先生やその仲間たちによって生み出され、1959年の劇画制作集団「劇画工房」結成へと繋がります。子ども向けの漫画とは異なり、もっと映画のようにリアルな作品を作りたいという思いからの誕生でした。
デフォルメされたキャラクターや八頭身の美女ではなく、人間を等身大で自然体に描くリアルなタッチ。それが劇画の真髄です。「先生は晩年、『漫画も劇画も一緒だよ』と語ることもありましたが、自分が『劇画の代表』という看板を背負った以上、その責任を果たし続けようとしていたのではないか」と今さんは推測します。

「無用ノ介」 ©さいとう・たかを/さいとう・プロダクション
■漫画作りは「映画」であり「輪島塗」である
さいとう先生は「漫画は自己表現の手段ではなく、読者のために描くもの」という強い信念を持っていたそうです。お金を出して買ってくれる読者のために、常にクオリティを平均化しなければならない。そのためにいち早く取り入れたのが、1960年に自らの制作会社「さいとう・プロダクション」を設立して確立した分業制(プロダクション方式)です。
脚本家が物語を考え、専門家が背景や銃器を描き、先生自身が主人公の作画を行う。これは、監督やカメラマン、照明といった一流のプロが集まって一つの作品を作る「映画作り」と同じシステムです。
今さんはこの制作体制を「輪島塗」に例えます。「一人で木地から仕上げまで行うアートというよりも、木地を作る人、塗る人が分業して最高級の作品を作り上げる「輪島塗」のようなクラフトの世界。それゆえに、これまで先生の絵は「アート」として語られる機会が少なかったのかもしれません。しかし、実際の絵は豪快なイメージとは裏腹に本当に繊細です。今回は、さいとう先生のアートとしても素晴らしい絵の魅力にぜひ気づいてほしいです」

「鬼平犯科帳」 ©さいとう・たかを/さいとう・プロダクション ©池波正太郎
■「ゴルゴ13」だけじゃない! 特撮の原点や小道具へのこだわり
本展では、1968年に連載を開始し、現在まで220巻が発売され「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」としてギネス世界記録に認定されている代表作「ゴルゴ13」だけでなく、先生の幅広いキャリアを偏りなく紹介しています。
例えば、「鬼平犯科帳」などの時代劇もの。「仮面ライダー」より前に描かれた変身ヒーロー「バロム・1」。まだ大地震があまり起きていなかった時代に、自然災害後の世界を予言的に描いた「サバイバル」。さらに「ウルトラマン」や「バットマン」など、多彩なジャンルの作品を手掛けていたことが分かります。先生の年譜とともにガラスケースにズラリと並べられた書籍の一部を見るだけでも、その偉大な足跡に圧倒されるはずです。

膨大な数のさいとう先生の著作(筑西市丙のしもだて美術館)
そして、やはり見逃せないのが「ゴルゴ13」のコーナーです。本展には実際に作画の参考にされていた「M16」などのモデルガンが展示されています。実は今回、話を伺った古賀さんは銃器に非常に詳しいことから、さいとう先生に請われて「さいとう・プロダクション」に入社したという経歴の持ち主。「ゴルゴがM16を使ったのは、オプションが多く、さまざまな使い方ができることから、物語を広げることができると考えたからではないか」と語ってくれました。分業制のなかで、銃器などの専門知識がいかに重宝され、作品のリアルさを強固に支えていたかがよく分かります。

ゴルゴが愛用した設定のM16のモデルガン。何と完成品ではなく、粘土や素材から形を作るフルスクラッチ(筑西市丙のしもだて美術館)
生前「生成AI」に警鐘を鳴らしていたという、さいとう先生。筆者にとっては、「ゴルゴ13」で世界情勢に興味を持たせてくれた恩人です。現在の世界情勢を先生が見たら、どんな「ゴルゴ13」のストーリーが生み出されるのだろうと、考えずにはいられません。
ぜひ会場に足を運び、生のアナログ原画が放つ圧倒的な熱量と、アートとしての劇画の美しさを体感してください。
会場: しもだて美術館(茨城県筑西市丙372 アルテリオ3階)
会期: 2026年4月25日(土)〜6月28日(日)
開館時間: 10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日: 月曜日(ただし5月4日は開館し、5月7日は休館)
入館料: 一般800円、団体(10名様以上)750円、高校生以下無料
問い合わせ: 0296-23-1601
