子育て
統合が決まった明野高校(手前は1979年夏の甲子園出場記念碑)

茨城県立明野高校(筑西市)が真壁高校(桜川市)に統合、閉校へ 結城市の結城一高と鬼怒商高は連携型キャンパス導入



茨城県の県立高校改革に関連して、2025年4月に明野高校(筑西市)が真壁高校(桜川市)に統合されることになりました。明野高校はこの春を最後に生徒の募集を停止、27年3月いっぱいで閉校となります。明野高校は硬式野球部が甲子園に春夏1度ずつ出場した輝かしい歴史があります。

明野高校に現在ある普通科4コースが真壁高校の普通科2コースに引き継がれます。両校ともに定員割れが続いていて、2023年度の入学者は明野高校(定員80人)が20人、真壁高校普通科(定員40人)が8人にとどまっていました。

甲子園に春夏1度ずつ出場

明野高校は1977年の創立で、卒業生は約6400人。開校3年目の79年夏に茨城県代表として甲子園に初出場、香川県代表の高松商高を延長戦の末に下して初勝利をつかみました。当時の明野町(現筑西市)などから住民ら応援団がバス97台で駆け付け、話題になりました。2回戦は群馬県代表の前橋工高に3-5で敗れました。その後84年春にも出場を果たしましたが、1回戦で東京都の岩倉高校に3-4で惜敗しました。

夏の高校野球選手権開会式で明野高校の行進を伝える茨城新聞紙面。後方に足利学園のプラカードも(1979年8月9日付紙面)

第61回全国高校野球選手権大会で明野高校の入場行進を伝える茨城新聞紙面。後方に足利学園のプラカードも(1979年8月9日付紙面)

明野高校の甲子園初戦突破を伝える茨城新聞紙面(1979年8月10日付)

明野高校の初戦突破を伝える茨城新聞紙面(1979年8月10日付)

統合は、茨城県教育委員会の県立高校改革プランに基づいて決定されました。統合、閉校が決まったことに、卒業生の60代男性は「寂しいが、生徒の数が減っているので仕方ない」と話しました。

遠隔授業を相互配信、結城一高と鬼怒商高

このほか、結城市の結城一高と鬼怒商高には2025年4月に「学校連携型キャンパス制」が導入されます。遠隔授業の相互配信、学校行事や部活動の合同実施、外国人生徒の相互支援などが行われます。

茨城県教育委員会によりますと、22年度の県内中学卒業者数は約30年前の半数となる2万5千人に減少。30年度には約2400人の減少が見込まれているということです。


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